明けない夜はないって、朝を信じられる環境で生きてきたひとにはいわれたくない説。

たいした説ではありませんが。
どうにか生活は成り立たせていて、外からは普通とみられていたであろう、どん底期。
嫌いだった言葉がふたつ。

明けない夜はない、
苦労は糧になる。

ってやつ、いや、言葉は好きよ。で、確かに大変な最中も糧になるんだろうなという実感はあった。
しかし、それを外から言われるのはまた違う。

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夜が明ける気配がないんですよ、ってはなし

どん底のときって、これがずっと続く感じで、終わる糸口が見えないんですよ。
理屈じゃわかってる、なんでも終わりはある。

けど、変わらない終わりなのか、解放される終わりなのかは違う。
このままアクション起こさない場合、終わらないんじゃないかと思う。
とはいえ、新しいアクションを起こす気力すら残ってないのが普通。

そんな時にさ、明けない夜はない、って言われても、同じような境遇潜り抜けてきた人がいったときくらいしか、そうか、って思わないし、経験者が言っても「ほんとに?」って思ってしまうくらい「夜」なのだ。

ずっと電気のある暮らしor朝を信じられる環境

で生きてきた?ひとがそういう表向き良い言葉をかけてくるんですよね。
「なにかを頑張られば」成し遂げられる、変わる、もしくはパンがなければケーキを食べればいいじゃない、じゃないけどずっと電気がある(周りのサポートや環境)ところで生きてきたひとたち。

悪気もないし、いいひとなんだろう。
苦労を糧、とありがたがることができるのだろう。

糧になんてならなくていいから、この環境から解放されたい、と思ったことがないんだろう、っていうね。

ちょっとだけ明けて思うこと

別に太陽さんさん、の正当な場で輝いているわけではないけど、どん底の環境からは少し変わったところから見て思うのは、大事なもの以外は捨てちゃいなよ、ってこと。

全部、全部自分の責任だと思って、背負っちゃって体壊して動きが取れないってなんだそれ、って感じ。今思うと。

ある程度、人から後ろ指刺されても、「元気」で「好きなことやれる」方が勝ち組だと思う。たまたま、客観的に見れるところまで来れただけで、状況によっちゃ夜のままの可能性もあったわけで。

介護や責任を降ろしたことで、どうにかこういにかな、わけで。

結局、好き勝手やっている人も苦労している人も、おんなじ時間が流れていくわけで。別にわざわざ悪いことはしないけどよい子ちゃんでいても、誰も心の負荷は共感してくれないってこと。

糧になる、ってのは本当だろうが、糧になるところまで苦労してきた人だけが言ってよいよね。

どういう名言や本もそういうとき薄っぺらく聞こえるんだけど、この本は「人間の本音」であふれてて好きです。おススメ。

抜け道レンジャー
生活の構造と制度のすきまに、よく落ちるタイプです。
国際結婚・離婚、シングルでの子育て・介護、在宅での働き方や制度との格闘など、
「どうしたらいいのか誰も教えてくれないこと」を経験から言語化しています。
専門家ではありませんが、支援窓口や手続きでつまずいた人の“翻訳者”のような立場で情報をまとめています。
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